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そのおよんちゃんの間借りしている煙草屋からの帰りみち、駒形(こまがた)の四つ辻まで来ると、ある薬屋の上に、大きな仁丹(じんたん)の看板の立っているのが目(ま)のあたりに見えた。私はその看板が何んということもなしに好きだった。それにも、大概の仁丹の広告のように、白い羽のふわふわした大礼帽をかぶり、口髭をぴんと立てた、或(ある)えらい人の胸像が描かれているきりだったが、その駒形の薬屋のやつは、他のどこのよりも、大きく立派だった。それで、私はそれが余計に好きだったのだ。そして帰りがけにそれを見られることが、そうやっておばさん達のところへ母に連立って行くときの、私のひそかな悦(よろこ)びになってもいた。 その後、私はそのおよんちゃんという人が、目の上に大きな黒子(ほくろ)のある、年をとったおじいさんみたいな人と連れ立って歩いているところを二度ばかり見かけた。一度は私が父と一しょに浅草の仲見世(なかみせ)を歩いているときだった。それからもう一度は、並木のおばさんの病気見舞に行って母と一しょに出て来たとき、入れちがいに向うから二人づれでやって来るところをぱったりと行き逢(あ)った。その目の上に大きな黒子のあるおじいさんみたいな人は、母とは丁寧な他人行儀の挨拶(あいさつ)を交(か)わしていたが、私には何んとなく人の好い、親切そうな人柄のように見えた。
